飯縄法の奥義について

August 30, 2018

 

おはようございます、昨日の飯縄法の解釈についての続きです。

飯縄法は、怪しい妖術ではなく「気(世界を構成する元素みたいなもの)」を養うことで、「内丹」を作り、身心を変容させて、道(自然界)との合一を目指し、心と身体を内側から鍛練する修行法だと思ってください。



日本ではこれを修験道と一般的には呼ばれているものです。

「自らを鍛えて道に向かう」

ここで日本の宗教観で正しく理解されていないのが「道」の世界観です。

日本人は修験道の「道」を剣道や柔道の道と同一に考えている人がほとんどですが、これは宗教学的に考えて誤りです。

修験道の「道」の意味は、
“宇宙と人生の根源的な不滅の真理を指し、道家と儒家で説かれる概念と理解してください。”

中国の「老子」は第一章と第二十五章で、世界の根源である混沌を「道」と呼び、道は天地万物の一切を生みだす霊妙な働きがあり、それは「無為自然」で、おのずからそうなるという自然の働きそのものであると言っています。

第十四章で、「道」は姿や形はなく目で視ることも聴くこともできないとされる。

第一章で、人は無欲であれば「道」の霊妙な真実を観ることができるが、欲望に囚われていればその表面的な現象を知るだけにとどまるという。

第二十五章は、人間も万物と同じく「道」である自然の運行に法(のっと)り従うことを説いています。

日本人が理解しやすすくすると仏教の
「色即是空」だと思います。

“万物(色)を本質的に突き詰めると、実体は存在しない(空)と考えられる。”

つまり飯縄法は自らの心と身体を鍛えて自然界(世界の根源)と一つになることを目指すものなのです。

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